元気だった母が想定外だった有料老人ホームに入るまでの1年間
94歳の母が有料老人ホームに入所する事になりました。
この1年間の変化を予想することはできませんでした。10年ほど前に腰を痛めて、長い時間歩くのが辛くなっていましたが、習い事などに出かけたり、編み物をしたり、頭もハッキリと自立していました。でも、この3年コロナで外出を控えてもらっていた事で、歩く時間は短くなり体力が落ちてきてしまってはいました。
一年前、お正月を過ぎた頃『なんだかやる気がなくなっちゃったんだよ』と、ついひと月前までは普通に編み物をしていた人が編み物をしなくなりました。その他にも、録画した韓国ドラマを何回も何回も観ていたのに、ドラマも観なくなりました。
春には出先で貧血?を起こし、救急車騒ぎとなり、益々ひとりでの外出を控えてもらう事になりました。
梅雨時期、やたらと親戚に電話を掛けている様子がみられ、掛けた事を忘れて何度も掛けていたようです。このまま出かける回数が少ないと益々、体も頭も老化するのではと、懸念しだしたのはこの頃です。
そして、7月、エアコンのコントローラーが上手く操作できなくなり、熱中症に・・・。
8月熱中症で1週間入院。
入院した事で、アルツハイマーの初期とわかりました。退院後は食事量も減っていましたが、少しずつ回復しました。
同時にこの時期に、介護認定手続きをして9月、要介護2と判定されました。
デイサービスの施設を探した時の事はこちら。
10月デイサービスに通い出し、食欲も戻って生活リズムが出来てきた11月半ば、『不安な気持ちになる』『苦しい』と夜中に起きている事が多くなり、心不全で入院となりました。心不全で肺に水が溜まって苦しかったわけです。
病院では、認知、せん妄もあって、腰の拘束となりました。
心不全の症状は2週間でほぼ改善しましたが、拘束の為に歩行が大変になっていたため、リハビリ病院の空を待って、12月半ばリハビリ病院に転院となりました。
リハビリ病院では自宅の自分の部屋に戻る(2階に上がれる)事を目標にしていました。初めは改善していた様子でしたが、年を越したあたりから、急に食事を食べなくなり、点滴となってしまいました。
食べない→ 体力が落ちる→ 点滴→ リハビリが出来ない→ 動かないから食欲がない→ 体力が落ちる。の悪循環。
リハビリが目的の病院ですから、入院して3週間目に病院から出ての他の方法を提案される事になりました・・・。
◆点滴(栄養あり)をしてくれる療養病院。
◆自宅に戻って訪問看護で点滴(水分)。
◆点滴をしないで自宅に戻る(食べられなければ近い時期に看取り)
全く予想していなかった展開に、本当に悩みました。家に戻ってきて、またデイサービスに行きながらの介護を想定していたからです。
ケアマネージャーや介護職の友人など、高齢者が食べなくなると先はそれほど長くはないという話が多く、経験した事の無い私達にとっては、それほど遠くない時期に看取る事もあるという現実を突きつけられたわけです。
療養病院での点滴は肩に穴を開ける点滴でほぼ延命目的。
8月の入院後、食べられなかった母が食の促しで1か月後、元気に食欲が戻った経験から自宅を希望するものの、点滴を外したらどのくらい持つか分からないし、訪問看護を使う事を含めても住宅事情など色々な問題から家に戻るのは無理となりました。
特養なども考えましたが、介護2では現在は無理。結果、有料老人ホームを視野に入れる事になり、初めは点滴はできないが看取りはしてくれるリーズナブルな施設を見学しましたが、『初めからほぼ食べられない人はちょっと・・・』と、断られました。
そして、今回入所する事になった点滴(皮下)をしてくれる、24時間看護師のいる有料施設に行きつきました。入所金なしで28万から30万というのは有料としては高い方ではないですが、安いわけでもなく、考えてもみなかった展開で実際のところ余裕があったわけでもありません。とにかく母が完全な寝たきりにならないうちに過ごせる場所を早く見つけたかったという状況だったからです。看取りという事なら面会も出来ると言うのが、決断の決め手になりました。経済的な問題はこの先、すぐにふりかかってきますが、それはその時にまた考える事にしました・・・。
こうなって感じたのは、自分も自分用にしっかり貯金しておかないといけない!って事です・・・。
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Comment
お母さまのこと、大変ですね。介護が難しいのはさまざま
な”選択”に迫られることですね。その選択について元気な
時の本人と意思確認ができていれば比較的スムーズで
すがそうでないときはお辛いのではないでしょうか。
私の母は常日頃胃ろうや点滴は嫌だと申しておりました
ので食べられなくなった時は覚悟しました。少しづつ意識
が薄らいでいって眠るように他界しました。可能な救命
医療をしなかったことに全く後悔が無いと言えばうそに
なりますが母の意思、人生観を尊重したということで
自分の気持ちを納めました。それでも悲しさは残りま
したけれど。
AB様
お辛い体験談ありがとうございます。
母はいままで本当に大きな病気も無く健康だったと思います。体調管理はしっかり自分でしていました。逆に何かちょっとでも気になる事があると、自分で大病になったと心配し落ち込んだりしていました。とても心配性だったんです。
なので、近年は本人が必要以上に心配したりしないよう検査などをしない方向にしていました。今回の点滴についてもあまりに急だったので悩みましたが、中を取って水分だけの軽い点滴だけとなりました。現状はまだ自分で起き上がる事もできますが、食べられず疲れるのですぐ横になるの繰り返しです。
本人が苦しかったり辛くなったりをしないようにはしてあげたいと思っています。
全く亡母と同じ過程で、当時を思い出しました。
お気持ち、お察しします。
私の母は結局、白血病になり、病院で最期を迎えました。
延命治療は絶対いやだと常々言っていたので、その意思を尊重しました。
いつまでも辛い状態を長引かせるよりは良かったと思っています。
私も母のようにしたいと願って娘に伝えてあります。
お辛いでしょうが、できるかぎり、側に付き添って話しかけてあげてください。
眠っているようでもちゃんと聞こえているそうです。
CD様
以前CDさんのブログで車椅子でお出かけされた時の事など、家での介護をされていたのは本当に大変だったと思います。
自分の親の最後をどこで迎えるか、考えていなかったわけではありませんが流石に悩みました。
今はただ、心穏やかにを願っています。