平成の終わりに思う事
公開日:
:
雑感
平成の30年間が終わろうとしています。平成になった年、私は夫の赴任地だった宮城県の大河原町に住んでいました。
会社2階の社宅の広々したリビングのテレビで『平成』を知りました。
その年小学生になった長男は一目千本桜で有名な堤を通って学校に通っていました。娘も幼稚園バスで隣町まで通う毎日。
私も下の子が幼稚園に通い出した事を機に、仙台市内までフラワーアレンジを習いに行き始めました。いけばなを飾る場所である床の間などが家に無い家庭が多くなってきたと感じたからです。子供を送り出した後、電車に乗り、子供が帰ってくるまでに戻るという忙しい時間でしたが、自分の時間が作れるようになった充実感を今でも覚えています。
2年後、横浜に転勤となり、家を建て、翌年再び北浦和に転勤となりました。家を空け家族で浦和に引っ越ししたものの、ここも1年で移動することとなり、たった3年の間に4回引っ越しを経験することとなって、以後、夫は19年間単身赴任となりました。
その後、実家の家の取り壊しをし、母と同居し、現在に至ります。
子供の成長と共にあった平成。
私自身もお花の仕事をしながら趣味として歌うという、若い頃に思い描いた生活を実現させる事ができた期間でした。
あっと言う間の30年、ついこの間の事のように思い出されます。
ちょうど一世代過ぎた事になるのに、ちょうど今の子供達の世代だった自分が母の世代になったと言うのに、心はあの時のままです。
きっと、こんな感じに、歳を取っていくのでしょうね。
関連記事
-
-
歳をとるってこういう事なんだとあれこれ実感した一日
昨日は母方の叔父と母、妹というメンバーで食事会がありました。時々、叔父の誘いで行われる食事会です。以
-
-
【新型コロナウイルス】で合唱練習はどう対処すべき?
新型コロナウイルス感染拡大予防の為に、2月下旬からあちこちで色々な活動が自粛されはじめて半月。3月か
-
-
彼岸の入りでした・・・そして思う事
1年前の彼岸の入りもコロナウイルスで感染を心配しながらのお墓参りでしたが、そのころ考えていた3か月で
-
-
金額を聞くと座標のような視覚的イメージが必ず浮かぶのは私だけ?
子供のころから今でも、私は金額を聞くと、視覚的な座標イメージが浮かびます。例えば、800円といったら
-
-
2021年は何をしていたのか?記憶が混ざってしまいそうな年でした!
コロナウイルス感染第3波の波と共に明けた2021年。こうやって書く事で、2020年の記憶と差別させな
-
-
懐かしい人達と過ごした時を思い出す癒しの花達が咲きました!
今年も父を思い出す花が咲く季節になりました。38年前に亡くなった父。その父が元気だった頃、毎年5月の
-
-
【ウエブカタログ】見難いのは歳のせい?椅子張替えとシステムキッチン
ここ数日、【ウエブカタログ】と奮闘しています。2,3日前からアトピー対策にダイニングの椅子座面を布か
-
-
【2016年】どんな事をしたか?!今年もお世話になりました
時間のあまりの早さに、今年と去年のお正月が混ざった記憶になっています(汗)ブログを毎日
-
-
母のワクチン2回目をして思う事!紙の接種券をやめて若い人は専用アプリとか?!
母のコロナウイルス予防接種の2回目が終わり、母と娘2人でちょっとお茶をして帰ってきました。接種は前回
-
-
数字表記の3桁カンマ、この歳になって納得した
子供のころから、この歳になっても 10,000,000,000なんて桁が多くなると一目ではわからず


