【ルーツ】1覚書として、調べた事聞いた事を少しづつ書いておく事にしました
私は親に言われたからでもなく、子供の頃から何故か自分の生まれた家の姓を残したいと思っていました。
女2人の姉妹だったので、普通は姓は消えていく流れでした。
婿養子として入った祖父の話す昔話を良く聞く子供だった事は確かです。戸塚の宿場町の様子。大坂の様子など地域の話、良く聞きました。
その頃良く出てきたのが我が家のルーツ話。
伊勢から出てきた商人。
桓武平氏。
うちは分家、屋号は伊勢八、女系家族、名字帯刀だったなど、自分が婿養子だったにもかかわらず、家に対しての思いがあるらしい話をしてくれていました。
祖父は商売が傾いてしまった頃、酒屋の息子だった腕を見込まれて婿になり、家屋敷の処分や整理をしたようです。
『骨董もいいものはみんな売っちまったよ、残ってるのは売れ残りだよ』そう言っていたのを思い出します。
そしてその家付き娘だった嫁も若くして亡くなり、その後の苦労はかなりだったようです。
以前、『うちってどんな商売してたの?』と聞いた事がありましたが、祖父は『ん~、”といや”(問屋)』と言っていたような気がします。私にうまく説明できなかったようでした。とにかく物を売る商売じゃないと言っていました。そして子供だった事もあって、わからないままにしてしまいました。
家のあった場所は、大踏切より少し保土ヶ谷寄りの東海道沿い、今は区画整理で道路になってしまった場所です。住所地番も最近無くなってしまいました。
本家のあった場所は?と聞いた事もあるのですが、その当時、日立システムを入ったところと言っていましたから、清源院の裏手あたりかもしれません。本家は残念ながら、昭和初期には無くなってしまい藤沢方面に子孫がいるような事を聞いた事があります。
1600年代、本家を頼って伊勢から出てきた武家出身の人達がいて、本家の親戚筋には苗字は違いますが江戸時代にとても成功した一族もいます。
そんな、話をしてくれた祖父も99歳で13年前に亡くなって、私の記憶だけになりつつある事も沢山あります。
その祖父が亡くなる少し前、私の仕事先で知り合った方が、そういった苗字のルーツを丁寧に調べてくださり、伊勢、松阪、津市付近の同姓在住者がかたまっている地域や、江戸期に頼って出てきた武士の一族の城や名前などを知る事ができました。
それ以来、一度はその場所(伊勢)に行ってみたいと思うようになりました。
という訳で、伊勢に行くための準備として、しまい込んでしまったその時いただいた調査の資料を探したり、自分でも調べてみる事にしました。
とりあえずは家にある過去帳を、ほとんど戒名ばかりですが年代順に書き出す作業を始めました。
これから少しずつ、分かった事を書いて行きたいと思っています。私事でつまらないと思いますが、しばらくお付き合い下さい。
関連記事
-
小説を書いたら沢山の人に読んでもらえる時代なんですね!
我が家の息子の趣味は小説を書く事。最近はもっぱらWebで自由に公開できる【カクヨム】というサイトに投
-
【お詫び】ブログ管理仕様が変わってなかなか慣れません!
7月から管理仕様が変わった事と、ブログを頻繁に更新して行けない状況が重なって、記事がなかな
-
音楽を楽しむ人達の楽しい時間に参加してきました!
高校の後輩が主催する音楽グループ【九段下楽芸団】のライブに行ってきました。団長のC君が中心となって、
-
【新型コロナウイルス】合唱は緊急事態宣言が解除されても練習自粛の試練の時
新型コロナウイルスで合唱練習ができなくなって3か月。すでに緊急事態宣言が解除された地域もありますが、
-
【ルーツ】4 苗字のルーツを調べて分かった事をまとめてみました
苗字のルーツを調べるという作業は今回が初めてではありません。15年ほど前に、すでに80歳を過ぎていた
-
家族が勢ぞろいで練習が全くできない毎日です・・・
合唱活動が自粛になってもう2か月近く、全く練習ができていません。新型コロナウイルス感染防止のために3
-
【プロポーズ男子】サプライズの花を買いに来たお兄さんにほんわか空気をもらいました!
駅の改札前にある小さな花屋さんでの話です。時間待ちで、お店のすぐ横に立っていました。さっきから目の前
-
【新型コロナウイルス】ついに身近に迫る問題、どうやったら自衛できるか!
とうとう、普通に生活しているサラリーマンに発症してしまった。検査してもらえず病院もいくつもはしごした
-
【ルーツをたどる旅】津・松阪・伊勢 行ってきました 2
名前のルーツをたどった旅の2。津市の伊勢平氏発祥の地からスタートし、中出の地名を探した後
-
重なる時は重なる・・・ブログがなかなか書けない言い訳です!
スマホの不具合からの機種変。その後、あれこれ急な用事が入ってなんとなくブログを落ち着いて書けていませ